東京地方裁判所 昭和32年(ワ)6099号 判決 1958年2月28日
原告 株式会社堤ボタン店
被告 佐藤新太郎 外一名
主文
被告らは、原告に対し別紙目録記載の家屋を明渡し、かつ連帯して昭和三十二年三月二十四日から右明渡済みまで一ケ月金十万円の割合による金員を支払え。
訴訟費用は、被告らの負担とする。
事実
原告控訴代理人は、主文同旨の判決、並びに仮執行の宣言を求め、
その請求の原因として、つぎのとおり述べた。
(一) 別紙目録記載の家屋(以下本件家屋という)はもと訴外藤咲稲太郎の所有に属したところ、昭和二十九年四月一日訴外日光株式会社が訴外株式会社三和銀行に対し負担する極度額金二千万円の債務を担保するため、藤咲稲太郎は右家屋ほか三筆の土地につき根抵当権を設定し、同月十九日、その登記を経由した。
(二) 株式会社三和銀行は、右根抵当権の実行として、本件家屋の競売を申立て、昭和三十一年九月十八日競売開始決定を受け同月二十日その登記がなされた。
(三) 原告は昭和三十二年二月九日右競売手続により本件家屋を競落し、同年三月二十三日所有権取得登記を経由した。
(四) 被告会社は、右根抵当権設定登記後である昭和三十一年八月十八日藤咲稲太郎から本件家屋を一ケ月金十万円にて期間の定めなく賃借し、同日以降引続き被告佐藤と共同して右家屋を占有している。
(五) しかし、被告会社と藤咲稲太郎との間の賃貸借は右のように期間の定めのないものであるから、本件家屋を競落取得した原告には対抗しえないといわなければならない。
よつて原告は、被告らに対し本件家屋の明渡並びに昭和三十二年三月二十四日から右明渡済みまで賃料相当額である一ケ月金十万円の割合による損害金の支払いを求める。
(六) 仮りに期間の定めなき賃貸借は短期賃貸借と同様に民法第三百九十五条の適用があるとすれば、原告が昭和三十二年三月二十三日本件家屋の所有権取得登記をしたことにより、被告会社との間に本件家屋につき借家法の適用のない期間の定めなき賃貸借関係が生じたことになるが、原告は、同年五月二十九日被告会社に到達の内容証明郵便をもつて被告会社に対し右賃貸借の解約を申し入れたので民法第六百十七条所定の三ケ月を経た同年八月二十九日被告会社との賃貸借は終了した。
かように述べ立証として甲第一号証を提出し、乙号各証の成立を認めた。
被告ら訴訟代理人は、請求棄却の判決を求め、
答弁として、「請求原因第一項のうち本件家屋が藤咲稲太郎の所有に属したことは認めるが、その余は不知。第二ないし四項は認める。第五項は争う。第六項のうち内容証明郵便による解約の申し入れを受けたことは認めるがその余は争う。」
と述べ、乙第一ないし四号証を提出し甲第一号証の成立を認めた。
理由
本件家屋がもと藤咲稲太郎の所有であつたことは、当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証によれば、昭和二十九年四月一日日光株式会社が株式会社三和銀行に対し負担する債務担保のため、藤咲稲太郎が右家屋(ほか三筆の土地)の上に根抵当権を設定し同月十九日その登記を経由したことが認められ、これに反する証拠はない。また三和銀行が右根抵当権の実行として競売の申立をし、昭和三十一年九月十八日本件家屋につき競売開始決定があり、同月二十日その登記がなされたこと、原告が昭和三十二年二月九日、本件家屋を競落し同月二十三日、その所有権取得登記を経由したこと、並びに被告会社が右根抵当権設定登記後である昭和三十一年八月十八日藤咲稲太郎から本件家屋を一ケ月金十万円の約にて期間の定めなく賃借し、同日以降、被告ら両名が共同して、右家屋を占有していることはいずれも当事者間に争いがない。
そこで、右のように期間の定めのない家屋の賃貸借が抵当権の設定登記後に成立し目的家屋の引渡がなされた場合に、賃借人は借家権をもつて家屋競落人に対抗し得るかどうかについて考えてみる。抵当権は、設定者から目的物の使用収益権能を奪うものではないから、設定者が目的物を第三者に賃貸することは自由であるが、ひとたび、抵当権が実行されると、競落人は目的物を抵当権が設定された当時の状態で取得するのを本則とする。ただ、民法第三百九十五条において「第六百二条に定めた期間(建物については三年)を超えない賃貸借に限り抵当権の登記後に登記したもの(建物についてはその引渡を受けたもの『も同一に解せられている。』)であつても、これを抵当権者に対抗できる。」と規定しているので、かかる短期賃借権は例外的に保護され、競落人にも対抗できることになる。それならば、期間の定めのない借家権に右短期賃貸借の場合と同様の保護を与えてよいかの問題であるが、期間の定めのない賃貸借は、昭和十六年法律第五六号による借家法改正前においては、民法第六百十七条により何時にても解約を申入れることによつて終了させることができたら短期賃貸借と同様の保護を与えても、これにより抵当権者ないし競落人に、容認できないほどの不利益を強いるものとはいえない。この観点から同様の保護を与うべき旨の解釈が判例に示されているのである。(大審院昭和十二年七月十日判決)ところが、前記借家法の改正により同法第一条の二が創設され賃貸借の解約申入れにつき正当事由の存在を必要とすることになり、解約権の行使につき大きな制約が加えられるに及び、結果において、期間の定めのない賃貸借は長期(民法第六百二条所定の期間を超えるもの)の賃貸借とかわりがなくなつたといい得る。そうすると、期間の定のない賃貸借は民法第三百九十五条の保護を受けず、抵当権者ないし競落人に対抗できないものと解するのが相当である。また、かように解したからといつても借家人に酷ではあるまい。借家人は、もともと抵当権の登記のある家屋につき新しく契約を結んだのであるから、右負担から生ずることあるべき不利益は当初から予想できることに属する。しかるに、もし、かように解しないときは、どうか。
抵当権者はその登記を経由した目的家屋につき、後日設定者が第三者と期間の定めのない賃貸借を結んだため(抵当権者は民法第三百九十五条但書所定の裁判上の手続をとらない限り、また競落人は解約につき正当事由の存しない限り)事実上長期にわたり、その関係に拘束されることになり、抵当権の価値権としての社会経済上の作用は著しく減殺されることになるであろう。かような結果を招来する見解は、実際問題として、抵当権の実行を妨害する意図のもとにその設定登記後期間の定めない賃借権を設定する事例が少くない現況に鑑み、当裁判所の採用できないものである。
本件家屋について、被告会社の借家権は、右説示の理由により家屋の競落人である原告に対抗することができず、他に被告らの右家屋の占有が正権原に基くものであることは、被告らの主張立証しないところであるから、被告らに対し右家屋の明渡と原告が所有権取得登記を経由した翌日である昭和三十二年三月二十四日から明渡ずみまで、本件家屋の賃料額であることにつき争いのない一ケ月金十万円の割合による損害金の支払いを求める原告の請求は理由がある。よつて、右請求を容れ、民事訴訟法第八十九条を適用し、なお仮執行の宣言についてはこれを附するを相当でないと認めてその申立を却下し、主文のとおり判決する。
(裁判官 町田健次)
目録
東京都中央区日本橋馬喰町一丁目四番地
家屋番号 同町四番の十
一、木造瓦葺二階建店舖 一棟
建坪 三十坪
二階 九坪